「あなたの幸せは何ですか?」
そう尋ねられたとき、多くの人はまず経済的な安定を思い浮かべるのではないだろうか。
生活にゆとりがあり、将来への不安が少ないこと。
それは確かに大切な幸せの条件の一つだと思う。
また、明確な目標を持つ人にとっては、望んだ職業に就くこと自体が大きな幸福だろう。
プロ野球選手を目指す人が晴れてその夢をかなえたとき、
あるいはIT分野に関心を持つ人が希望する仕事に就いたとき、
その達成感は何ものにも代えがたい。
では、その先はどうだろうか。
経済的に恵まれ、やりたい仕事に就けた。
それだけで、人は長く満たされ続けるのだろうか。
目標を達成した瞬間は確かに幸せである。
しかし、時間が経つにつれ、その喜びが薄れていくことも少なくない。
人は、何かを「得た」だけでは、幸福を持続させることが難しい存在なのかもしれない。
私たちがより深い幸福感を覚えるのは、
自分の働きや存在が、誰かの役に立っていると実感できたときではないだろうか。
自分の存在が他人の喜びや安心につながったと感じるとき、
人は静かな充足感に包まれる。
人は「他人のために生きている」と感じてこそ、
本当の意味で幸せを感じるのではないだろうか。
翻って、今の世界を見渡すとどうだろう。
世界のリーダーたちは、「他人のため」という視点を十分に持っているようには見えない。
自国の利益さえ超えて、自分自身や身近な人々、特に金銭的な利益を受ける人たちのことだけを優先しているように感じられる。
そこには、他者への想像力や共感が欠けているように思えてならない。
今、私たちに求められているのは、他人を思いやる道徳心ではないだろうか。
宗教心と言い換えてもよいかもしれない。
それは必ずしも特定の宗教を信じることを意味しない。
キリスト教でも、仏教でもよい。
あるいは、空や山や海といった自然に対する畏敬の念でもよい。
自分を超えた「大いなるもの」の存在を感じ、その前で謙虚になる心である。
他人のために生きること。
それは自分を犠牲にすることではなく、自分の生き方をより豊かにする道なのだと思う。
そこにこそ、人が本当に求めている幸せがあるのではないだろうか。

